佐藤総合計画


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社長 細田雅春メッセージ

省エネの独走
求められる総体としての快適性 生き物としての考察を

 最近気になることの1つに、このところの省エネ建築に対する「過大評価」がある。特に省エネルギーにかかわる評価手法の問題、すなわち既存の施設に対して何%の削減効果があるかという評価基準である。そこには、もっともらしい目標値が頻繁に登場するが、ではその基準となる「既存施設の数値」とは一体どういうものなのだろうか。それは、類型的な施設の平均値とされているようだが、しかしながら、そのような数値が明確な基準として通用するとは到底言えないのが現状である。建築という複雑な総体に対して、それほど簡単に省エネ効果を比較することなど、所詮できないことなのである。

−複雑な環境下の建築 数値の定量化困難に

 建築は、自動車や飛行機など機械的にパッケージングされた乗り物や、冷蔵庫などのような閉じた空間を持つ機械的存在とは基本的に異なる。建築は、周辺の自然環境など、さまざまな個別の個性やニーズ、多様性に応える特殊解である。仮に、実験室のような極めて限定的な環境下で定量的な比較を行ったとしても、建築が置かれる複雑極まりない環境でその結果がどう変化するのかは見極め難い。その意味で何をもって省エネというのか、考えただけでもその困難さは理解されよう。
 また、省エネ基準の側面から言えば、最近の大型オフィスビルでは数値目標をクリアできると言われるが、それは周囲の環境から切り離され、自己完結的に閉じた極めて人工的な環境下での話であり、ビル単体だけの数値目標達成のためにエネルギー効率と快適性を追求した自己中心的な「建物」の姿でしかない。建築は単なる実験室の延長というアナロジーで捉えられるべきものではない。
 もちろん、数値は1つの指標にはなる。しかし、その数字を援用するに当たっては、新薬開発において、動物実験に始まり、臨床試験によって人体への影響を考慮する必要があるように、建築もまた、生きた人間・社会との共生関係から考究される必要がある。また、自動車や冷蔵庫における環境変数に比べ、建築の複雑さ、多様性の高さに基づく変数は比較にならないほど多い。建築とはそういう機械とは違って極めて複雑な生き物のような存在なのである。

−利便性の追求自体が建築存在の意義喪失

 最近では、そうした複雑性に応えるために、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などのハイテク技術を用いて、さまざまな利便性を高めようという動きも見られるが、利便性の追求自体が「建築という存在」の意義を喪失させていることに気付いていないのではないか。単に温湿度、音や光の条件が目安になるというものではない。また、センサーの組み込みなどIT化による過剰な仕掛けも時には煩わしくなる。建築とはそこで暮らす人間とのやり取りの中で、ともにつくり上げられていく存在であり、自動車や冷蔵庫のように、簡単に買い換えられる存在ではない。このことが建築を建築たらしめていることを考えてほしい。

−閉じた環境のZEB化 人間不在の不毛な問い

 その意味では、再生エネルギーを積極的に活用してエネルギー消費量をゼロにするというZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)化にも懸念を感じる。人間が常時住むところではない、限定的に閉じられた環境下でなら価値を認めることもできるが、総体的な建築環境から見た場合、ZEBとは何を問おうとしているのか。それが不毛な問いになることは明白である。仮に、そうしたアプローチが成り立つとしても、再生エネルギー最大化のために人工的な装置を増大化させることは本末転倒である。それはただ実験室としての効果を測定することでしかない。その結果の利用は建築の問題にはなり得るが、それをどう組み立ててストーリーにしていくのか、それこそが、建築が本来関わるべき世界である。

 建築は、根源的に建築それ自体でパッシブに自然環境と向き合い、必要とされるときに人間の弱点を補ってきた。人間はさまざまな支援テーマを考え、建築という物語を補足してきたのである。冷暖房装置はまさにその典型であり、照明、エレベータなども人間を補足する道具として進化してきた。そうした装置の発達が建築の領域を拡大して、人間の行動範囲を広げると同時に快適な社会を実現し、生活環境を向上させてきた。
 しかし、建築が、そうした「補足的役割を担う道具」をどのように利用し、新たな世界を構築するのかという問題を意識しなければ、建築の総合的な意味が失われる場合も少なくない。行きすぎた装置化は、むしろそこで暮らす人たちと建築との共同作業を阻害するだろう。過剰に整備された人工環境下で暮らすことは果たして望ましいことなのか。装置化された機器の待機電力なども、余分なエネルギー消費を高めかねない。

−パッシブな工夫で省エネ効果を最大化

 もちろん、エネルギー消費を削減することだけが重要ではないことは言うまでもない。まず何よりも、建築は、パッシブな工夫により省エネルギー効果を最大限に発揮させる工夫がなければならない。そして、既存のエネルギーのベストミックスをまず考えることが本来のスタンスであろう。私たちの文明社会は、多くの試みと否定、そして精化(リファイン)の繰り返しによって今日があり、未来を迎えることができる。それゆえ、むやみに太陽光発電など再生エネルギーといった限られた方向だけに舵を取るべきでないことを強調しておきたい。建築が複雑な総体であることを踏まえ、エネルギー問題も含めた建築の概念の再構築を図るべきであろう。
 建築はそこで暮らす人々や地域との長い付き合いによって、その時々に見合った調整を試みていくことが大切だ。人間は無論のこと、建築もまた生き物であるという考えが必要なのだ。そうした考えのもとに、建築は豊かさや快適さを備えた存在へと成長する。修繕や補修、改装を経て、さまざまな進歩や変化の価値をつなぎ、サステナブルで美しい都市環境に寄与する。古い歴史的町並みや景観の美しさは、そうした日々の努力の積み重ねによってなされている。建築と生活を共にするとき、総体としての「快適性」をどこに求めるべきか、その重要性を指摘しておきたい。

日刊建設通信新聞 2016年11月10日掲載



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