投稿年
2017

社長 細田雅春より

弊社代表取締役社長・細田雅春の取材記事や発表した文章などを随時掲載しております。

技術革新の変化と未来

夢が導くリスクとベネフィット

「交通インフラと自動車の未来」と題した、本紙の「建設論評」で示された技術の進歩という現実が人間の想像力を超えるほどの世界を生み出す可能性について、続編を述べたい。それは、歴史の検証を待つまでもなく、技術の可能性には常にリスクが付き物であるからである。技術の進歩をただ楽観視してもろ手を挙げて歓迎することは出来ない。その補足なくして、技術論は語れない。
 20世紀後半から始まったコンピューターによるネット社会の出現、そして、現在のコンピューターの能力をはるかに凌駕する超高速処理が可能な「量子コンピューター」が実現すれば、あらゆる状況の最適化がAI(人工知能)を駆使することにより可能となり、人間の能力をはるかに超えることになるという。ここに技術の進歩の飛躍的広がりを見ることはできるが、では技術の進化は万能なのか、という問いも必然的に生まれる。

人間をはるかに凌駕 AIが状況を最適化

ここでは、独創性あふれる独自の経済理論で世界的な名声を博したソースティン・ヴェブレン(1857-1929)の思想に依拠しながらこの問題を考えたい。筆者の知る限り、ヴェブレンの思想はジョン・メイナード・ケインズ(1883-1946)や、東京大学の教授を務めた宇沢弘文(1928-2014)などの世界的な経済学者にとどまらず、経済の分野を超えて、優れた都市批評を残したジェイン・ジェイコブズ(1916-2006)などにも影響を与えている。
 彼らの展開した技術論、とりわけ自動車についてのベネフィットとリスクについては、ガソリンエンジン駆動の社会的背景を前提にしているが、議論の本質は、いまなお色あせることのない示唆を持っている。ヴェブレンは、資本理論の中で、経済発展に対する重要な要因は技術の進歩であると考えている。技術の進歩において、資本の蓄積が可能になるというのだ。そして、資本が蓄積されることが資本自体の性格を大きく変えるという。
 これは20世紀前半、世界大恐慌の直前に亡くなるまで、彼が考えていた資本論の核心である。その後、ヴェブレンの理論を発展させた宇沢の著作『自動車と社会的費用』(岩波新書)はいまなお輝きを放っている。その中で宇沢は、資本主義、社会主義という既成の体制概念を超え「社会的共通資本」を中心とする制度主義の概念を拠り所に論を進め、数理経済学を駆使して、自動車の「社会的費用」がその利便性を超えることを定量的に論証し、自動車には大きな社会的リスクが伴うことを明らかにしている。

技術進歩が資本蓄積 利便性超えるリスクも

もちろん、同書はガソリン車の時代に書かれたもので、現在のシュリンクし始めている少子高齢化社会とは異なり、工業社会による経済成長期を背景としていることは言うまでもない。それゆえ、いまや、現代はEV(電気自動車)や自動運転、さらには先に述べた量子コンピューターとAIによる運行システムによって、考えられるあらゆるリスクが解決されるという主張もあるようだ。しかしながらその根底には、技術そのものに対する極めて楽観主義的な捉え方があるのではないのか。
 宇沢は、そうした楽観主義への疑義に基づいて「社会的共通資本」や「社会的費用」を検証したのである。時代の変化や革新があっても、技術の進化には常に大きな社会的負荷がかかる恐れがあるという考えのもとに、その本質は変わらないということを示しているのである。リスクを伴わないベネフィットはあり得ないということだ。例えば、原子力開発の歴史を見れば明らかであろう。夢のような技術的進歩が、後にさまざまなリスクの原因となり、深刻な事態を引き起こすことは枚挙にいとまがない。
 20世紀のガソリンエンジン駆動の自動車は、まず交通事故による犠牲者を生んだ。その他にも、大量の排ガスによる公害の問題や自動車による犯罪など、リスクの拡大は計り知れない。さらには、道路の建設と、修繕などその後のメンテナンス費用も増え続けるばかりである。そこに宇沢のいう「社会的共通資本」の問題が発生する。まさに、道路という「社会的共通資本」の独占的な使用や、その結果としてのメンテナンスの必要性の増大などによって、自動車の社会的費用は限りなく増え続ける。宇沢は、そうした費用の増大を道路と自動車、社会の関係を視野にとらえながら、制度的資本との枠組みを含めて数理的経済学の観点からきめ細かく分析、自動車そのもののあり方に警告を発しているのである。

21世紀の都市・社会 夢の自動車の行末は

こうした観点は、ジェイコブズの著書『アメリカ大都市の死と生』(鹿島出版会)の都市論・環境論とも符合している。ジェイコブズは、単に自動車の利便性を問題にしているのではない。彼女の重要な視点は、都市の不確実性、多様性を軸に、ヴェブレンの指摘した消費行動原理に沿って「都市」という存在の本質的なところからの視点に立った上での「自動車の削減」という問題なのである。ヴェブレンの影響を強く受けた米国の経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイス(1908-2006)も、都市という人間活動の空間において、公共性の認識と社会性の評価の中で、パブリックとプライベートの問題を指摘している。自動車、特に自家用車は極めて個別性の高い交通機関であり、そこには公共性が大きく欠落している。ヴェブレンは「人間的な点から魅力的で、しかも地球環境に優しい、21世紀の都市の在り方を示す」と述べているが、そうした社会と自動車は共存できるのか。宇沢の数理経済学を用いた議論も、そうした帰結から導き出されているのだ。
 いま開発が進みつつある革新的な技術が夢の自動車の世界を出現させることになるのか、そして夢の自動車が未来の都市へと私たちを導くのか、この一文は、そうした問いに対するいささか不安な検証である。
 

日刊建設通信新聞 2017年10月31日掲載