投稿年
2018

社長 細田雅春より

弊社代表取締役社長・細田雅春の取材記事や発表した文章などを随時掲載しております。

速さの時代に生きる意味とは

「身体」「非身体」の融合が生活のあり方豊かに

現代社会はますます変化を遂げ、新たな状況を生み出し続けている。産業界のみならず、われわれの日常生活もこれまでとは明らかに違う速度で変わっていることを見ればわかる。IT企業による技術革新、スマートフォンなどモバイル機器の登場で多くの事象が即決即断で決済される。しかもそれは世界のどの場所においても同様に行われる。時間的短縮がますます加速して、肉体的(身体的)速度を遥かに凌駕する状況が日常化しているのである。
 そうした状況は、身体的な時間の短縮とは質的にまったく異なっている。もちろん、例えば飛行機で移動する場合、過去の状況に比べれば、飛躍的にその移動時間は短縮されている。しかしながら、現代はそうした身体的な時間と距離の相関に生きる時代ではなくなり始めているのである。人間が生活している限り、時間と距離の相関で決まる「速さ」から逃れることはできないとしても、いまわれわれは現実にデジタル空間で生きている。産業界はおろか、われわれの生活や社会活動までもがコンピューターの存在なしには成り立たない状況―時代に立ち入っている。そのデジタル空間が、われわれの「速さ」の概念を一変してしまったのである。

時間と距離の相関 デジタル空間が一変

そうした意味での「速さ」を競う代表格にスーパー・コンピューター(SC)がある。SCはわれわれが普段使っているパーソナル・コンピューター(PC)の数十万倍以上の速度での演算機能を持っていると言われており、世界各国で国の威信をかけて、能力の向上にしのぎを削っている。日本にもかつては世界一の性能を誇った「京(けい)」や、現在世界ランキング5位の速度を持つ、産業技術総合研究所が開発した大規模AIクラウドシステム「ABCI」などがあるが、SCの演算能力は、今後もますます加速度的に向上することが予測されている。
 SCの力は既に身近なところでも発揮されている。例えば最近の天気予報の精度の進歩である。気象研究の分野のみならず、高分子や結晶などの性質の計算や核融合の研究、飛行機の風力シミュレーションなど、もはやSCが存在しなければ、われわれの便利な生活は成り立たないほどなのである。今後、量子コンピューターが実用化されれば、いま話題の自動運転車も、複雑な道路網や他の自動運転車との情報交換が可能になり、よりスムーズな走行ができるようになる。既にそうした現実が眼前にあるということだ。
 さて、建築界ではどうか。こうした問題は、あまり議論されることがないように思われるが、それは建築界が依然として前近代的産業のレベルにとどまっていることに起因している。今や、設計、施工、監理、そしてメーカーという業界の区分や役割分担の利害構造を優先すべき時代ではないのは言うまでもないが、それ以前に、各部門のコンテンツの共有がまったくといっていいほどに進んでいない。

不可避なデータ共有 建築の日常にもSC

現在デジタル空間上で共通のプラットフォームを構築し、情報の共有化やデータの横断的な利用を行うことが模索されている。例えば、リンクト・オープン・データ(Linked Open Data、LOD)などのようなものだが、建築の世界においても、必要な情報・データへのアクセスが容易になり、選択の自由度が高まるようにならなければならない。
 既にBIMのように、設計や施工の各段階をつなぐ共通プラットフォームが試行されつつあり、世界的にデータ共有が不可避になるときが来ると思われるが、その時に必要になるのは、例えばビッグデータの処理を行うSCの「速さ」であろう。建築界の日常にSCが登場する日も近いに違いない。
 さて、既に述べたとおり、われわれにとっての「速さ」という概念は、デジタル空間の中では明らかに変容しており、先に示した身体的感覚に基づく「速さ」とは質的に異なるレベルにあるということを理解しなければならない。すなわち、それらの違いとは、「速さ」を表す2つの概念、velocity(速度)とspeed(速さ)の違いにほぼ等しいということなのである。
 この2つの概念にはどのような違いがあるのか。velocityとは、何かが移動する時、その移動の「速さ」だけではなく、その方向、すなわちベクトル量まで含んだものを言い、物理学的には「速度」と呼ばれる。一方、speedとは、「速さ」の大きさのみを指し、その移動の方向は問わないものである。現実社会における「速さ」は、ほとんど常にベクトルを伴う。その意味ではわれわれの生身の生活ではvelocityが「速さ」であるといえるが、デジタル空間において、特に共有が目指される情報は、方向を問わずspeed的に広がるのである。

製造強国へ技術革新 5億人が60歳以上に

もはやコンピューターなくして日常生活、社会活動が成り立たないのがわれわれの社会である。さらに、すべての決済がスマホやパソコン以外ではできなくなる時代になっていくことになるはずだ。そう考えれば、今後「速さ」という概念はますます身体や精神の世界へと深く進入し、それが日常の感覚になっていくだろう。
 しかしながら、人間が生身の肉体を持ち、身体的行動や活動、運動する現実世界がある限り、身体的次元での評価がデジタル空間で生起する現象よりも優先されることは間違いないだろう。その意味ではむしろ、SCの実効性が高まるほど、より人間の行動や思考にゆとりができていくに違いない。いうなれば、アナログ的な身体的「速さ」とデジタル的な非身体的「速さ」との境界が消失し、それらの概念の関係性への順応もより促進され、その融合が生活のあり方を豊かにするはずだ。
 それが新たな「速さ」の時代の幕開けになるのは確かなことだろう。現実の世界においては既に、そうした環境が日常化しつつあるということなのだ。
 

日刊建設通信新聞 2018年11月13日掲載