会社案内

社長 細田雅春より


弊社代表取締役社長・細田雅春の取材記事や発表した文章などを随時掲載しております。
〈社会・自由・建築〉を考える
今回は、多少厄介な問題に挑戦してみたい。
近代社会、すなわち民主的国民国家は、すべての人々に自由とそれを行使する権利を与える方向を許容してきた。日本でもその方向は堅持されてきた。社会秩序を維持するためのルールの下ではあるものの、自由を謳歌してきたことについて多くの国民にとっても異論の余地はないことだろう。その背景には、近代社会の成長の持つ許容力がある。許容力があってこそ、そうした内実が保全されてきたこともまた間違いないことなのだ。すなわち、多くの自由の選択や居場所を社会に受け入れる余地があったということなのであろう。
しかしながら、今後、その成長が鈍化してきたとき、果たして、その自由の選択や個別の居場所のあり方を社会がどこまで受け入れることになるのか。現在の成長の鈍化が、現実に社会の格差問題などに表れ、自由や居場所のあり方に対する陰りが出始めているのではないのだろうか。国家の国民に対する役割が次第に弱体化してきたことが事実であるにしても、その要因はどこにあるのか。
社会の変容が曖昧さを増幅
さて、建築の分野も、そうした社会の動向と深く関係性を持ちながら動いていることは、多くの人たちが感じているはずである。とりわけ、街づくりや建築設計にかかわっている人たちにとってはより密接した問題であろう。それは「建築とは社会的所産である」という言説にも表れている。その社会的所産であるという範疇において、建築(空間)のとらえ方は社会の変容に従って大きく変化してきたし、今なお、そうした変化を受け入れながら、街づくりや建築プログラムのあり方を変化させてきている。いわば社会制度と空間は不可分な関係にあるからである。そして、社会の制度や仕組み自体は、国家に対する依存度や期待度に応じて変化していく。グローバル社会にあっては、国家以上に企業の存在、あるいは特別な力を持った集団が行使する権力の力学に左右される場合が少なくないだろう。そうした変化は、日常のわれわれの行動にも影響をもたらすことになる。特に昨今の変化は、われわれの行動のスコープや活動の枠組みに対して、今まで日常の中で習得してきた概念や形式からの比較だけではなく、変化の状況に即した曖昧さを拡大しつつある。それにつれてさまざまな機能の枠組みもファジー(曖昧)になって、建築空間のとらえ方、定義、そして境界さえもが曖昧さを増幅させてきたことは、建築関係者に限らず、多くの人が経験してきた事実である。
自由な選択や居場所せばめる
実は、そうした社会の変化が、われわれの自由な選択や居場所の余地をせばめて来たのである。曖昧さの拡大は、一見、自由な選択の幅を広げるかのように思えるのだが、それは限られた集団や企業に託された目に見えない力、すなわち権力がその背景にある。拡大する曖昧さの中に生きることは、権力に従い、厳しい強者の論理の中に生きることになり始めたことを意味する。逆説的に言えば、むしろ自由の選択を可能にすることは、いくつかのすみ分けの階層的よりどころ(守られる場所)を用意されていることが不可欠なのである。
さらに現実社会においては厄介なことに、われわれはウェブ・メディア空間の中に生きることを余儀なくされている。それにより、事態はさらに複雑化し、迷路化し始めたのだということを知らなければならない。ウェブ・メディア空間では、自由という概念は何の妨げもなく拡大され、選択肢も無限に広がり始めているように見える。しかしながら、そうした世界はオンラインでつながり、立体的にも拡大はしているけれども、社会の中心や広場のような「よりどころ」を生み出すことはなかったし、これからも生まれることはないだろう。ただ、情報として拡散し、そこに関心を示した人のみがつながるという世界である。またそれは、常に組み替えられるという性格を持つものである。泡沫のような存在だから、権力構造の中心に直結することもほとんどない。とはいえわれわれが、さまざまな事象の混在した空間の中で現実に生きている以上はそうした事態の背後に、直接的ではないにしても、さまざまな現象を巧みに利用し、権力と結びつけるメディアの存在を看過することはできない。まさに、われわれが生かされているのは複雑さを増幅させつつある空間であるという現実を理解しなければ、ただ現実の複雑さに翻弄されるほかなくなる。
ウェブ・メディアと建築のリアリティー
建築空間のとらえ方が変わり始めているという現象は、少なからず、われわれの生きている社会の秩序やさまざまな制度がそれを支配しているということを意味する。自由の選択もそうした枠組みの中で生かされてきたのであるが、グローバルに発達したウェブ・メディア空間においては、想像を超えて拡散し、その影響する領域で驚くべき事態を引き起こしている事実も看過できない状況にある。
例えば、先の2020年東京オリンピックのエンブレムのデザインが、他の国のとある劇場のマークとの類似性を指摘されて、結果的に白紙撤回するという事件などは、その典型である。その原因が本人の意思によるものであったかどうかはともかく、本人へ加えられたさまざまな批判と軋轢は、言いかえればウェブ・メディア空間の過剰性によって生み出された権力による圧力として受け止めざるを得ないだろう。
建築の場合においても、類似の指摘が出ることは少なくない。そのような、非常に目に見えにくいある種の権力と連動した事態が、現代建築の考え方に影響を与え、あるいは誘導していることも見落としてはならない。改めて、空間に対するわれわれのリアリティーのとらえ方を考え直さねばならないという現実に直面しつつある。
建築のプログラムに組み込まれる選択の自由、そこで予測されるであろう行動や活動、あるいは居場所という恣意的な設定に対し、われわれがどれほどそのリアリティーある責務を果たすことが可能なのか。自由度と空間の作り方は、どれだけリアリティーを受け入れて、現実的であることが可能なのか。多くの検証を待ちたいところであるが、人間の保守性と制度の縛り、そしてウェブ・メディア空間に生きる世界の中での建築空間とそこでの活動の自由度とは何か。この厄介で難解な問題を改めて再考しなければならない。それこそが、時代の変化する状況に合わせて考えなければならない、現代社会が抱える大きな問題だと思う。
2015年11月20日掲載
その他の記事
- 2020年5月13日
- 今、アテネ憲章に代わるもの―都市の形 – 多様性を包摂する社会で建築家は何を示せるか
- 2020年4月8日
- 都市の先見性と長期的変容を学ぶ – ビジョンと指針の不在が最大の問題
- 2020年3月11日
- 建築が評価されていない – 形態を持たない建築
- 2020年2月12日
- 多元的社会を生きる
- 2019年5月21日
- 速さの変革が時代を変える
- 2019年4月1日
- 新入社員に贈る言葉「グローバル社会に生きる」
- 2019年2月12日
- 続・中国の事情から何を読み取るか
- 2018年11月13日
- 速さの時代に生きる意味とは
- 2018年8月22日
- 中国の事情から何を読み取るか(下)
- 2018年8月7日
- 中国の事情から何を読み取るか(上)
- 2018年3月20日
- 現在という時代を考える
- 2018年1月5日
- 2018年年頭訓示 「共鳴得る構想力が必要・構想力が重要に」
- 2017年10月31日
- 技術革新の変化と未来
- 2017年8月7日
- シリーズ 建築設計事務所「新たな地平を開く」
- 2017年8月2日
- 人体の免疫システムと建築の防御
- 2017年6月13日
- 住宅の高層化と都市景観
- 2017年4月4日
- 新入社員に贈る言葉「夢のある未来を」
- 2017年2月28日
- 近代建築と、現在という状況
- 2017年1月10日
- ポピュリズムと現代(建築)の相克
- 2017年1月5日
- 2017年年頭訓示
- 2016年11月10日
- 省エネの独走
- 2016年9月26日
- シリーズ 建築設計事務所「変革に向き合う」
- 2016年8月31日
- 場所を喪失した現代社会
- 2016年5月30日
- 都市型農業は革新する
- 2016年5月9日
- 都市型農業のすすめ
- 2016年4月4日
- 新入社員に贈る言葉「建築で何を問うか、個の力を発揮せよ」
- 2016年2月26日
- 都市農業への期待
- 2016年1月22日
- 農業の未来と都市化
- 2016年1月5日
- 2016年年頭訓示「責任の強い自覚を・建築家奮起の一年」
- 2015年11月20日
- 〈社会・自由・建築〉を考える
- 2015年9月7日
- シリーズ 建築設計事務所「問われる真価」
- 2015年5月29日
- 天井問題から建築を考える
- 2015年4月2日
- 新入社員に贈る言葉「時代の変化の節目を捉えよ」
- 2015年1月9日
- 設計事務所トップの視線2015「建築を変えるのも建築でしかない」
- 2014年7月29日
- シリーズ 建築設計事務所「変革への胎動」
- 2014年4月3日
- 女性の役割と発想
- 2014年4月2日
- 新入社員に贈る言葉「歴史と経験に学べ」
- 2014年2月6日
- 美しい日本の国土景観を未来に残そう
- 2014年1月16日
- 設計事務所トップの視線2014「新たなカタチの総合性」が必要
- 2013年7月24日
- シリーズ 建築設計事務所「明日を読む」
- 2013年7月24日
- シリーズ 建築設計事務所「国のかたちを考える」
- 2013年4月18日
- 自然と自然体で向かい合う
- 2013年4月2日
- 新入社員への訓示「新たな文脈を見出し、創造的使命を果たそう」
- 2013年1月24日
- 2013年の新たな都市像を描く
- 2013年1月18日
- 設計事務所トップの視線2013 豊かさ体感できる「コンパクトシティー」構築を
- 2012年8月2日
- 心つなぐコンパクト・シティーの構築
- 2012年6月29日
- 女性の就業環境創出は都市環境を変える
- 2012年5月17日
- 「二住宅所有論」を提起する
- 2012年4月3日
- 新しく入社された皆さん、心から歓迎したいと思います。
- 2012年1月19日
- 設計事務所トップの視線2012「環境・快適とBIMで新たな切り口」
- 2011年11月17日
- リアリティー取り戻すべき
- 2011年10月14日
- 国家ビジョンなくして東日本の将来なし
- 2011年9月30日
- 生活居住地は高台か、平地かを考える
- 2011年8月22日
- 大震災が鳴らす警鐘
- 2011年7月27日
- これからの高性能ビルと都市的開発のあり方を考える
- 2011年6月27日
- 現代社会が要請する復興の姿
- 2011年5月16日
- 国土計画と地域計画への提言
- 2011年4月21日
- 大震災の教訓と餞
- 2011年4月1日
- 巨大災害、我々の使命
- 2011年3月22日
- 巨大地震が突きつけるもの
- 2011年3月16日
- このたびの震災について