会社案内

社長 細田雅春より


弊社代表取締役社長・細田雅春の取材記事や発表した文章などを随時掲載しております。
都市型農業は革新する
都市と農業の融合が示す国土の未来 -4 交流が生み出す知 新たな道を開く
役割文化の浸透 若者の農業離れに
者はこれまでに本紙上で「都市と農業の融合が示す国土の未来」についてすでに3回ほど寄稿している。日本の農業は、国の近代化と農業政策(方針)の狭間で、集中と分散を繰り返してきたことはすでに書いた通りだが、その結果、国土の均衡ある発展ということを旗印に、全国の都道府県を市街化すべき都市部と農村部に区分けし、都道府県それぞれが自立できる規模とバランスを持った国土開発が進められてきた。規模の違いはあれども、都市部と農村部という対立の形は変わらなかった。都市部はますます都市機能の高度化を図り、農村部は農地に縛られた生産を担う場所として、役割分化を一層強化する政策を浸透させてきた。
むろん農業だけが一方的に後れをとってきた訳ではない。例えば、集約的生産方法や集配システムの効率化、機械化などによる収益の向上策や、批判はあるが農協が果たしてきた役割も見逃すわけにはいかないだろう。しかしながら、農業の置かれた環境は、都市の環境に比べれば、比較すべき対象にもならない状況に置かれ続けてきた。それゆえ、若者の農業離れは激しく、後継者どころか、廃業が後を絶たない状況にある。
昨年の農水省の調査によれば、農業就業人口は209万人で、過去最低の数字であるという。天候不順などの自然現象ばかりか、生産性向上に伴う価格の低迷や労働力の不足など、農業生産の周辺の状況が農業の安定性を欠く要素になってきたのである。TPP問題は、こうした状況の打開にもつながるのではという期待がある反面、現状とのギャップを埋める手立てが、将来的に見通しが甘く、示すべき明確なビジョンもないまま、強行されようとしていることに対する批判は少なくない。
都市が持つ力こそ人類の発明した宝
こうした農業の現状に対し、都市の成長と進化は、道路や鉄道などのインフラを含めてますます高度化し、ITやAIの進化によって加速し続けている。そして、人々が都市の力を生み出す。多くの人々が集まり、まさに世界の最先端を享受しながら、自らの分野や世代を超えてグローバルに刺激を相互にぶつけ合い、常に新たな成長を図れる場所としての魅力が生み出されるのが都市なのだ。その進化と可能性についてはアメリカの経済学者エドワード・グレイザーが著書『都市は人類最高の発明である』(2012年、NTT出版)で明確に指摘している。
この書物は筆者にとって都市や建築の仕事をする上で、常に勇気と後押しをしてくれる一冊であるが、グレイザーのいう通り、都市の持つ力こそ「人類の発明した宝」なのである。都市で生起するさまざまな触れあいこそが、お互いの能力を高めることになる。極論だが、都市で生活するだけで、頭がよくなり、新たな価値を生み出すことになるという。優秀な人材が集まるから都市は素晴らしいのではなく、優秀な人材を生み出す場所、すなわちインキュベーターだから素晴らしいということなのである。
一方、農村部は広大な土地、いわゆる田畑に農産物が生育している状態である。そこには人の集積や触れあいの場などは少ない。農繁期に多少の人材を集めるということはあっても、知的交流の場とは程遠い環境である。農協の手助けもあるが、それが農業の革新的変化や成長につながるとはいえまい。とりわけ、日本の場合は個人の努力に依存する零細型農業が多いのが現状である。
IT、AI駆使し農業を知的生産
筆者の構想は、都市の頭脳を農業に組み込み、農業も都市と同様に人類の宝にしようというものである。都市部の人的交流の激しい場所に農産物の生産場所を設えて、農産物を知的生産物へと進化させようという提案である。そして、農業生産を孤立した零細的なものではなく、多くの人たちの関心を集め、触れあいが可能な場所、産業に変えて行こうとすることである。現在でもITを活用したスマート農業の取り組みなどが行われているが、大規模の農業の工業化、機械化などからさらに進み、今まで以上にITやAIを駆使し、知的生産物に置き換えようとすることである。いわば、さびしくない農業を作り出すことなのである。
農産物を知的生産物と呼ぶことには違和感があるかもしれないが、高度なITやAIを駆使した農産物は生産プロセスだけをとっても、今までの農産物ではない。そして、そのためには農地、農作物の生産場所を、多くの人々が交流し触れあえる場所に持ってくることが必要なのである。既存の都市の中に生産場所が生まれれば、今まで予想だにできなかった農産物の生産方法が生み出されるかもしれない。
また、都市部のメリットを活かして、流通や販売システムを革新すれば、海外にも短時間で輸送でき、世界各地に高品質な農産物を供給することが可能になるだろう。先に述べたように、すでに都市部では空きビルなどでLEDを利用した効率的な屋内型農産物の生産が始まっているが、筆者の言う都市と農業の融合とは、オープンエアーの農業生産も含めて多面的な人々の触れあいを包含した都市と農業のまさに文字通りの融合なのである。
すなわち、農業が、多くの人の交流から生み出される都市の知能、力を享受するということである。それは、「人類が発明した宝」である都市に、新たな農業が参画し、融合することによって、都市をより豊かで輝きを放つさらなる優れた宝へと変えていく革新なのである。それは同時に農業にとっても新たな世界を生み出すことなのである。
こうした筆者の提言が新たな農業の展開に道を開くということにわずかでも寄与できれば、望外の喜びである。
2016年5月30日掲載
その他の記事
- 2020年5月13日
- 今、アテネ憲章に代わるもの―都市の形 – 多様性を包摂する社会で建築家は何を示せるか
- 2020年4月8日
- 都市の先見性と長期的変容を学ぶ – ビジョンと指針の不在が最大の問題
- 2020年3月11日
- 建築が評価されていない – 形態を持たない建築
- 2020年2月12日
- 多元的社会を生きる
- 2019年5月21日
- 速さの変革が時代を変える
- 2019年4月1日
- 新入社員に贈る言葉「グローバル社会に生きる」
- 2019年2月12日
- 続・中国の事情から何を読み取るか
- 2018年11月13日
- 速さの時代に生きる意味とは
- 2018年8月22日
- 中国の事情から何を読み取るか(下)
- 2018年8月7日
- 中国の事情から何を読み取るか(上)
- 2018年3月20日
- 現在という時代を考える
- 2018年1月5日
- 2018年年頭訓示 「共鳴得る構想力が必要・構想力が重要に」
- 2017年10月31日
- 技術革新の変化と未来
- 2017年8月7日
- シリーズ 建築設計事務所「新たな地平を開く」
- 2017年8月2日
- 人体の免疫システムと建築の防御
- 2017年6月13日
- 住宅の高層化と都市景観
- 2017年4月4日
- 新入社員に贈る言葉「夢のある未来を」
- 2017年2月28日
- 近代建築と、現在という状況
- 2017年1月10日
- ポピュリズムと現代(建築)の相克
- 2017年1月5日
- 2017年年頭訓示
- 2016年11月10日
- 省エネの独走
- 2016年9月26日
- シリーズ 建築設計事務所「変革に向き合う」
- 2016年8月31日
- 場所を喪失した現代社会
- 2016年5月30日
- 都市型農業は革新する
- 2016年5月9日
- 都市型農業のすすめ
- 2016年4月4日
- 新入社員に贈る言葉「建築で何を問うか、個の力を発揮せよ」
- 2016年2月26日
- 都市農業への期待
- 2016年1月22日
- 農業の未来と都市化
- 2016年1月5日
- 2016年年頭訓示「責任の強い自覚を・建築家奮起の一年」
- 2015年11月20日
- 〈社会・自由・建築〉を考える
- 2015年9月7日
- シリーズ 建築設計事務所「問われる真価」
- 2015年5月29日
- 天井問題から建築を考える
- 2015年4月2日
- 新入社員に贈る言葉「時代の変化の節目を捉えよ」
- 2015年1月9日
- 設計事務所トップの視線2015「建築を変えるのも建築でしかない」
- 2014年7月29日
- シリーズ 建築設計事務所「変革への胎動」
- 2014年4月3日
- 女性の役割と発想
- 2014年4月2日
- 新入社員に贈る言葉「歴史と経験に学べ」
- 2014年2月6日
- 美しい日本の国土景観を未来に残そう
- 2014年1月16日
- 設計事務所トップの視線2014「新たなカタチの総合性」が必要
- 2013年7月24日
- シリーズ 建築設計事務所「明日を読む」
- 2013年7月24日
- シリーズ 建築設計事務所「国のかたちを考える」
- 2013年4月18日
- 自然と自然体で向かい合う
- 2013年4月2日
- 新入社員への訓示「新たな文脈を見出し、創造的使命を果たそう」
- 2013年1月24日
- 2013年の新たな都市像を描く
- 2013年1月18日
- 設計事務所トップの視線2013 豊かさ体感できる「コンパクトシティー」構築を
- 2012年8月2日
- 心つなぐコンパクト・シティーの構築
- 2012年6月29日
- 女性の就業環境創出は都市環境を変える
- 2012年5月17日
- 「二住宅所有論」を提起する
- 2012年4月3日
- 新しく入社された皆さん、心から歓迎したいと思います。
- 2012年1月19日
- 設計事務所トップの視線2012「環境・快適とBIMで新たな切り口」
- 2011年11月17日
- リアリティー取り戻すべき
- 2011年10月14日
- 国家ビジョンなくして東日本の将来なし
- 2011年9月30日
- 生活居住地は高台か、平地かを考える
- 2011年8月22日
- 大震災が鳴らす警鐘
- 2011年7月27日
- これからの高性能ビルと都市的開発のあり方を考える
- 2011年6月27日
- 現代社会が要請する復興の姿
- 2011年5月16日
- 国土計画と地域計画への提言
- 2011年4月21日
- 大震災の教訓と餞
- 2011年4月1日
- 巨大災害、我々の使命
- 2011年3月22日
- 巨大地震が突きつけるもの
- 2011年3月16日
- このたびの震災について