会社案内

社長 細田雅春より


弊社代表取締役社長・細田雅春の取材記事や発表した文章などを随時掲載しております。
中国の事情から何を読み取るか(上)
デジタル社会と高齢化がもたらす未来
日本と中国の関係が、改善されつつある。今後、中国との交流のさらなる活発化が予測される中、最近の中国の動向は、日本にとっても極めて重要である。
IT、AIで世界リード 飛躍のきっかけは通販
中国の成長の勢いは依然として止む気配はない。AI(人工知能)やITの分野だけでも、世界をリードする勢いであることはスマートフォンの普及状況を見れば明らかである。中国では最近、「空巣青年」という言葉がある。一人暮らしでスマートフォンやパソコンばかりいじっている若者のことを言うのだそうだ。
しかし、日本と大きく異なるのが、スマホがAIやITを駆使した決済や多くの金融サービス分野に連動しているということだろう。都市部の一握りの富裕層から、地方の農村部まで格差はあれど、活力を生み出す多様性に満ちている。国土の広さと格差の問題があって、日本のように電話回線などのインフラ整備、普及は困難であったが、衛星通信の普及により一気にデジタル化、IT化へとジャンプできたのである。
こうした飛躍を、リープ・フロッグ現象(Leap Frog=カエル跳び)と呼ぶが、そのきっかけをつくったのが、中国通販最大手アリババのネット通販だと言われている。買い物をするときに口座を簡単に開設でき、しかも、決済が容易で、遠融地でも取引可能であるという便利さだ。そうした利便性は、小さな投資にも対応し、中国経済をけん引する力になりつつある。
その結果、誰でもスマホから金融サービスにアクセス可能となり、投資家人口も増大している。もはやフィンテックが日常化しているのである。既に銀行でも無人化が始まっているという。スマホは、まさに中国にとっては救世主だったのである。
さて、わが社では、様々な分野で中国内のプロジェクトを手掛けてきた。古くは広州のコンベンションセンターや天津の北京オリンピックスタジアム、そして深センユニバーシアードのスタジアム、近年ではマカオに隣接する珠海市での開発事業を伴ったオフィスビルなど多岐にわたっているが、とりわけ、医療福祉施設に注目している。
医療福祉に高まる関心 富裕層にも社会的格差
というのも、日本同様に高まっている健康志向、そして日本以上の速度で進行が危惧される高齢化社会などの問題を受け、医療福祉施設に対する関心の高さは尋常ではないからである。既に天津で医療施設や商業施設を併設した高齢者向け集合住宅の計画を進めている。この事業は今後の中国国内でのモデルケースとして政策的にも注目されている。
その上で、中国における高齢化社会の現実は、他の先進諸国とは多少様相が異なることを指摘しておきたい。米国で既に実践されている高齢者や退職者のための専用団地、いわゆるゲイテッド・コミュニティ(Gated Community)の場合、入居資格は富裕層であることが多いが、富裕層に限らず、生活水準に加え教養などのレベルもある程度横並びで趣味や会話が成り立つことが一つの目安になっている。一方、中国の事情はそれとは大きく異なっている。
中国では社会保障費の多くを地方自治体が負担していることから、上海や北京などの大都市では、独自の社会保障の制度化が進められている。しかし、その中で現実に地域包括介護が受けられるのが全体の6~7%、90%は私費による在宅介護が求められているという。
残る3~4%が、施設介護サービスを受けられる、いわゆる富裕層であるが、この富裕層にも大きな社会的格差が存在するという現実である。教養のある人ばかりでなく、貧困状態から一気に豊かさを手に入れた人たちも多数いるという。つまり、中国では富裕層といっても共通した教養や生活習慣を身に着けた層が主流という訳ではないのである。
一口に格差社会と言っても、格差の中身、現実は日本や先進諸国と大きく異なることがわかるだろう。そうした違いを超えて、一つのコミュニティを形成することは困難であろう。しかしながら、それ以上に、もともと中国社会ではコミュニティ形成が難しいようにも思われる。従来、国によって進められてきた勤務先ごとのコミュニティ形成は近年の開放政策によって崩壊し、住民の関係が希薄になっているところに、都市人口が急増、都市住民にも新貧困層が生まれるなど、格差は拡大するばかりだからである。
公平よりビジネス重視 スマホ社会に漂う不安
もちろん中国もこうした現状を打開するために社会保障制度を拡充しているわけだが、むしろ格差問題の解決には、経済的豊かさの達成こそが近道だと認識しているように思われる。国家から個人までが投資ばかりか投機にまで走りだしているのには理由があることがよくわかる。医療福祉の分野においても、高齢化のスピードに対して、社会保障の整備が追いついていない。
憲法で老親の扶養義務を規定する国ながら、そこにドライなビジネスが入りこむ余地がある。公共的なプロジェクトにおいても、公平な市民サービスの提供より、いかにビジネスとして成立させられるかが常に重要である。そして、ビジネス展開の上で、AIなどのITは極めて強力なツールとなる。これが中国におけるスマホ社会の現実である。それと呼応してか、「拆拆拆」と言うのだそうだが、現実社会では、バラックなどを都市から排除して浄化しようとする動きも活発になり始めているようだ。
こうしたデジタル空間に生きる中国国民のビジネス感覚は、まさに世界の最先端を走り始めたと言っても過言ではない。しかしながら、こうした勢いを目の前にすると、いかにグローバル社会であるとはいえ、一抹の不安を感じる。中国自身も、それを十分に理解していることは、日本社会の成熟性に多くの関心が寄せられていることからもうかがい知ることができる。
ではこうした勢いを背景に、強い意志の表明と同時に乖離した感情が交錯している中で、14億の人口とデジタル社会、そして急速に進む高齢化の現実から、何を未来に見出そうとしているのか。いま中国自身がいる経済中心主義の渦の中から、未来の展望が生み出せるのか。新たな構図の構築が迫られていると言えよう。
中国の課題は、既にグローバル社会のただなかに生きる日本にもやがて訪れる課題でもある。
2018年8月7日掲載
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