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社長 細田雅春より


弊社代表取締役社長・細田雅春の取材記事や発表した文章などを随時掲載しております。
速さの変革が時代を変える グローバル・サイバー空間とモバイル空間
5G時代が開く建築の新たな可能性
これまでも、本寄稿欄を通じて、デジタル社会において現実を把握するかぎは「速さへの挑戦」であることを述べてきた。言うまでもないことだが、ここで速さという言葉が意味しているのは、データの転送速度のことである。そして、そうしたデータにあって重要なのはその中身、すなわち情報ないしはコンテンツである。いまや情報の取得と囲い込みをめぐる争いが世界戦争になり始めた感がある。米中は貿易戦争を展開していると言われるが、貿易による「モノ」の輸出入や関税は本質的な問題なのではなく、実体は情報戦争なのである。必要な、あるいは重要な情報に誰よりも早くアクセスし、それを囲い込み、競争相手の先手を取ることが不可欠な時代になり始めている。つまりはすべての「モノ」に先行して情報が優先される時代なのだということである。それゆえ、そこで問題になるのは速さなのである。
貿易戦争時実態は情報戦 必要な情報自分で守れ
そうしたリアルタイムな世界の変容が物語る現実の1つとして、移動通信システムが第5世代(5G)の時代へ突入し始めていることが挙げられよう。5Gは、従来の4Gに比べ、最大で100倍以上の通信速度を誇る。この飛躍的な通信速度の高速化と容量の拡大を踏まえれば、もはや5Gなくして世界の情報戦には勝ち残れない状況であることは明白だ。既に韓国と米国の通信会社はこの4月から商用電波の送出を開始しており、日本は後れを取っていることは否めない。また、中国企業のファーウェイに対する米国の厳しい姿勢は、むしろファーウェイが先行する5G戦略に対する危機感や焦燥感の表れなのである。
ファーウェイのみならず、もはや5Gをにらんだハイテク製品の開発に向け、世界各国のメーカーがつばぜり合いを繰り広げている状況である。そしてそれらの製品に使われる部品は、日本をはじめ世界各国から調達される。このように、すでに5Gの潮流は世界を席巻していると言える。そんな中で、ファーウェイ製品を使うと情報が漏れる、そしてその通信システムがルールに違反しているというのが米国の言い分である。だが、同じことはGAFAなど膨大な情報を握る米国の大手IT企業についても言えるはずだ。もちろん、米国はGAFAを支配することはできない。また法的に規制をかけられる可能性はあるとしても、中国もファーウェイを含めた大手IT企業のBATHを統制下におくことはできないだろう。5Gの時代とは、現在よりもはるかに開かれたサイバー空間である。
しかしながら、サイバーハッキングや知的財産権の侵害、窃盗など、逸脱や違反は何をもって評価するかは容易ではない。情報セキュリティーにおける多くの問題は、むしろ、守る側が備えるべき課題へと転化するのではないか。いかにして自己のプライバシーを守るかは、当事者に課せられた責務になるだろう。いまや情報は常に世界に開かれているという感覚を持つ必要がある。それが開かれたサイバー空間を擁するグローバル社会に生きるわれわれの宿命である。情報が世界に開かれることにこそ意味があるからであり、必要な情報を守ることは自分自身に委ねられている。5Gの時代はいわば自己管理の時代なのである。守るべきプライバシーはそれぞれに異なるからでもある。
では、5Gの速度は現実世界の速さに比べてどれくらいのレベルにあるのか。人間の神経細胞の神経伝導速度に近いという話もあるようだ。光速には及ばなくとも、人類の思考速度に近づいているのである。
速度上げ変容する社会 どう受容するかで評価
さて、次に考える問題は、こうした速さの追求が引き起こした資本の変質である。
16世紀、欧州各国でなされた富の蓄積は、主に植民地から収奪した資源の物理的移動に伴う価値の移転によるものであったが、現在の資本主義においてはモノの移動ではなく、情報を活用した価値の取得、すなわち、情報交換によって利益が生み出される構造へと姿を変えてきた。その構造の変質にあずかって最も力があったのは、1980年代の1Gに始まり、現在の5Gに至る通信システムの発達であろう。5Gの特色は高速度大容量の通信速度に加え、ネットワーク上の遅延が極めて低減され、携帯電話などのモバイル機器はもちろん、自動車などともほとんどリアルタイムでのデータのやり取りが可能になることだ。
では、このような5Gの世界が建築界をどのように変えることになるのか。これまでも、CADに始まり、BIM、そして多様なデータを処理するためのツールが次々に開発され、建築の新しい可能性を開いてきた。さまざまな分野が統合されることで、いままでにできなかったことが可能になり、見えなかった世界が開かれるからである。その上で、これから迎える5Gの時代においては、分野相互のつながりもいままでに比べ格段に速く、密になるだろう。すなわち、速度こそが新たな世界を開くのである。そして、われわれの日常生活を取り巻く社会・経済環境も刻々と速度を上げて変容していくだろう。そうした変容への対応のありようによって、初めて今後の建築界の価値が見えてくるのである。
これまでも言い続けてきたように、都市や建築の現在があるのは社会の変容を柔軟に受け入れてきたからであるが、いまや社会・経済環境という基盤そのものが、5Gという技術に大きく依存して成立するようになることは明らかである。ならば、その中心にある大容量の情報処理の「速さの問題」こそがいまを読み解く鍵となるだろう。これまでになかった「速さ」が、複雑な現象をひとまとめにして解決する可能性が出てくる。それぞれ異なる次元で集積されてきた課題や問題が、1つの次元において一気に処理されることになれば、建築の思考もまさに革新的に変わっていくだろう。まさに、速さの概念の変容によって、建築の思考のみならず、視界を始めとするわれわれの日常の世界概念構築の変容をも示唆しているのである。
2019年5月21日掲載
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